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ダイアローグエグゼクティブコーチ 鮎川詢裕子対談 ダイアローグ

エグゼクティブコーチ 鮎川詢裕子 対談 ゲスト 大橋健さん

第2回のゲストは、糖尿病の治療に携わってこられている大橋健さんと、医療現場を通じて関係性を生かし合いながら、共に創っていくことについてお話をさせていただきました。

大橋先生は一貫して糖尿病の治療に携わってこられている中で、患者さんとのかかわりについて探求し続け、院内での患者さんとのコミュニケーションの他、院外でも講演や「糖尿病劇場」の活動を数多く行っていらっしゃいます。

今回は東大附属病院の大橋健先生に現代の病ともいわれる糖尿病の患者さんとの関係性について、どのような想いで取り組みをされているのかを伺いながら、私たちにも共通する何かを見出していけたらと思います。

糖尿病をはじめとする慢性疾患の特殊性

鮎 川

糖尿病をはじめとする慢性疾患と、ケガや盲腸などの一過性の病気とでは、どのような違いがあるのでしょうか?また医療における患者さんとの関わりからみるといかがでしょうか?

大 橋

大橋健さん

糖尿病をはじめとする慢性疾患は、治らない病気といわれていて大半の場合は入院することなく、日常生活の中で、患者さん自身がうまく病気と付き合っていくことが求められる病気です。慢性疾患を診るための医療者と患者さんとの関係と、結核など感染症の時代から出来てきた今の医学とがうまくいっていないということが、いろいろな問題の根っこにあります。感染症やケガといった急性疾患ではなく、次のステップである現代の慢性疾患に対応するためには、医療者と患者さんとの新しい関係性を育む必要があると思うのです。

鮎 川
豊かさがもたらす病気といったらいいのでしょうか。私たちがかつて生きるために食べて生活しなくてはならない時代から、医療制度が整い、ある程度生活も保障されているこの時代にでてきたのが慢性疾患といわれている病気なのですね。今の時代に私たちは何を考えて行かなくてはならないのだろうということを考えさせられるテーマとも重なる気がします。
大 橋
糖尿病や肥満症を治すための研究もすすめられています。患者さんの治療のためにはなっても、いくら食べても血糖値が上がらない、いくら食べても太らない、そんなお薬ができて欲望の赴くままに食べていけるとしたら人類にとって本当にそれがいいのか、よくわからなくなることがあります。

現代人は過去の飢饉の時代を乗り越えてきた人類の子孫です。ちょっと食べるとしっかり太れてカロリーを保てるという「倹約遺伝子」をもっている人達なので、この数十年の急激な食生活をはじめとする生活の変化には適応できず、その結果、肥満症や糖尿病をきたしていると考えられています(倹約遺伝子仮説)。

鮎 川
そういう説があるんですか!
大 橋
糖尿病は代表的な生活習慣病でもあり、生活習慣によって病気になるという部分もあるけれど、実はそういった体質を受け継いでいることが大きく関与しています。ですから、生活習慣病といえども、その人のせいだけでは決してありません。そして普段患者さんと接していて思うのは、「糖尿病ほど誤解されている病気はないかもしれない」ということです。「甘いものを食べ過ぎたからだ」とか言われているケースがよくありますが、多くの場合は体質も関与しており、他の病気と同じで、その人だけのせいではない部分も大きいのです。
鮎 川
今の時代だから起きる病気だと言えるんですね。
大 橋
これからいろんな国が発展していくと必ず出てくる病気です。そして、少なくとも今の段階では治らない、一生付き合っていく病気です。実はそのことが、ひとり一人の患者さんの人生にいろいろな影響を与えていきます。その中で、医療者として、患者さんにどういう関わり方をするのがいいのか、どんなサービスを提供すれば本当に役に立てるのかということが、いつも自分の中にあります。

患者さんとどうかかわればいいのか?

鮎 川

鮎川詢裕子×大橋健さん

慢性疾患という一回かかるとその中で良くなることはあっても、完全には治らないという病気を持った方と大橋先生がかかわるということにどんな意味を感じていらっしゃいますか?

大 橋
僕はブラックジャックに憧れていたので、自分が治してあげるとか、僕にしか治せないという世界に憧れていました。しかし、いざ糖尿病の医者になってみると全く別の世界です。患者さんが医者と会うのは月に1回10~15分くらい。診察室を出た後、患者さんが一駅手前で降りて歩いて帰ろうとするのか、検査が済んだから美味しいものを食べて帰ろうとするのかは、医者には全くコントロールが出来ません。でも、今までのやり方で患者さんに接していくと、「ちゃんと言うことを聞いてね」「お願いだから僕のために食べないで我慢してね」という気分になってくるんです。
鮎 川
専門家として「正解はこれだから聞いて下さい」といった感覚ですか?
大 橋
「あなたのことは医師である私が一番良く知っているので、私の言う通りにしなさい」に近い感覚です。「これ以外のやり方はない」といったような感じで伝えてしまいます。でも、医療者は何とかしてあげたいと、一生懸命なんですよ。お団子がやめられないという人に、「もう世の中にお団子はないと思ってください。そうすれば食べなくてすむでしょう?」と言ってしまうとか。冷静に考えれば荒唐無稽なアドバイスですが、医療者は真剣にそんなことを言ってしまうんです。「あなたには考える力はないんだから、私が考えてあげる」と暗に言っている感じもします。
鮎 川
考える力だけでなく、患者さんに心がないかのように扱っている感覚ということでしょうか。風邪とか怪我の場合には、食べ物を我慢するといったやり方はOKなように思うのですが。急性疾患の場合は、治療法の選択の余地があまりなくてもさほど疑問を感じません。急性疾患と慢性疾患とでは何が大きく違うのでしょうか。急性疾患で治療を急ぐ必要がある場合には、患者さんに治療法を確認することすらないこともあるかもしれません。

もしかすると、急性疾患の治療は、この現代における人類の病気ともいえる慢性疾患にはそぐわないと部分があるのかもしれませんね。当事者の問題でもあり社会の問題でもある病気ということでしょうか。

大 橋
そうですね。まさに当事者意識が求められる病気で、当事者の目線や、当事者の自立を促す配慮が慢性疾患の医療には求められていると考えています。慢性疾患には糖尿病以外に、ぜんそくや膠原病などが挙げられます。
「患者さんのために」と思って接してきたある時、患者さんから「すみません。私は不良患者で、先生から聞いたことを守れませんでした。先生がせっかく私のために言ってくださったのに、申し訳ありません」という言葉を聞いた時、自分は何のために医者をやっているのかと思いました。人の役に立ちたくて医者になったのに、謝られるのはどういうことなんだろうと思いました。
どんなに患者さんが頑張っていても、検査の結果に現れていなければ、つい粗探しをしてしまう。普段身体の悪いところを探すようにトレーニングされているので、そうしてしまうのかもしれません。手術ならその悪い部分を取り除くことができますが、患者さんの生活についてはそうはいきません。患者さんの現実の生活や思いに意識を向けようとしていないのでは。
鮎 川
もともとの医療、つまり悪いところを取り除く急性疾患の医療と違って、糖尿病をはじめとする慢性疾患、つまり患者さんが病気と付き合う期間が長い病気に対する医療とでは患者さんの心や生き方、気持ちというものを無視しては成り立たないのではないかということでしょうか。
大 橋
そうです。薬だけではなく、患者さんのやる気や自己管理が治療のカギを握ります。患者さんが自分から「何のためにつき合っているのか」。人から言われてやれるものではないと思います。自分から気づいてつき合っていくことでなければ、本当の治療にはならないのではないかと思っています。

共に生かし合うために

鮎 川

鮎川詢裕子

人は落ち込んだり、自分の枠を超えられなかったりする時に、「自分はどうしたいのだろう」「どこに行きたいのだろう」そして、「どんな生き方をしたいのだろう」と自分で気がつくだけで、元気になったりします。望んでいる生き方に気づくことでそこから出てくる活力、生きる力が出て来ると私自身も信じています。人は本来生きる力を持っていて、そこにアクセスしながら外とのバランスを取っていくことが大切ですね。

大 橋
それを見つけることができた患者さんは強いですね。何かが変わる瞬間があるのだと思います。患者さんは自ら変わるのであって、私たちが無理やり変えさせるものではありません。
鮎 川
慢性疾患の方だけではなく、私たちにとっても、自分の中で出来ることに気がつくことと、外の役に立つものを上手に取り入れて整合が持てた時に、何かがシフトするのかもしれませんね。
大 橋
ひとりでは想像すらしなかった関係性が持てた時に、その人の気づきが促されたり、支えられていると思ったり、医療者からみたら「役に立てたかな」と。
医者は病気を治すものというのを、起点に考えてきたが、それでは治しきれない時、一方的に治してあげる/もらう の関係ではなく、患者さんが自分で判断出来て、自分で取り組めるお手伝いをさせていただければというところにいます。そのためには患者さんとの対話が必要だと考えています。
鮎 川
対話によって、ひとりでは想像すらしなかったことがどのように起きると思いますか?
大 橋
それぞれが持っている可能性を高め合うようなイメージでしょうか。治してあげる医療者と治してもらう患者さんという関係ではなく、目の前の病気に一緒に取り組んでいく1つのチームになっていく。
鮎 川
私が行っているコーチングには、1対1のコーチングの他に、複数の方に対して行う1対多のコーチングがあります。何らかの共通する目的がある中で、最初はどこかが合っていない個と個のような別々の存在に見える部分があったり、ケースによっては対立が見えることもあります。
その状態から、本当は何のために一緒にいるのだろう、とか、どんな関係でありたいのかといったことを見ていくうちに、そこから抜け出るポイントが現れてきます。本人たちがチームの本来の目的や価値を自覚し、何かが起き出すポイントで、「ああ、このために私たちは一緒にいるんだ」と認識できているたまらなく素敵な瞬間です。
大 橋
そう、そこなんです!その味を一回知ってしまうと、そうじゃない関係というのがいかに個別の欲求でいたかということがわかり、病みつきになってしまいます。(笑)
鮎 川
あの感覚を知ってしまった者としては、どんな関係性にあっても、共通する目的をもった関係性があれば、その中に見出せるものがあるのではないかということを信じている。大橋先生はそれを見つけないではいられないということが、お話を伺っていて伝わってきます。
大橋先生は慢性疾患の糖尿病というエリアで関係性から生まれる可能性を見つけていこうとされています。そして異なる分野であっても、同じ分野であってもそう信じあえる人が増えて行ったら素晴らしいですね。
大 橋
親と子、また上司部下においてもそうかもしれませんが、「何のために一緒にいるのか」を見失いがちで、医者も「治してあげるのだから指示を聞いて欲しい」と時には患者さんと対立することがあります。医者は「今日こそこの薬を飲んでもらうぞ」と思い、患者さんは「絶対に薬は断るぞ」という関係性に陥る場合もあるでしょう。そのことにエネルギーを費してしまう。本当はどうしたら病気がよくなるかをお互いに考えるための時間なのに、対立の時間を過ごしてしまうことになります。でも、そうではなくて、共通の目標に向かって一緒に取り組んでいく関係だったはず。それは外から見るとあまり違わないように見えるかもしれませんが、中にいる当事者同士にとっては明らかに違います。それをどうやって伝えて行ったらいいのかということが課題でもあります。
この関係性というものが実はものすごく治療効果を持つものだと考えています。

自分がコーチングを学ぶようになってからは、必ず「主治医にどんなリクエストがありますか?」といったことを聞くことにしています。しかしながら、患者さんが必ずしも言える状態にあるとは限りません。医者が専門家で、自分は素人だと思っている患者さんとのギャップを埋めて、一緒に取り組んでいけるような関係性をお互いに作っていくことが大事だと思っています。

鮎 川
患者さんは病気や医療については素人かもしれませんが、どんなふうに取り組んでいきたいのかという意思はきっとお持ちの筈ですね。全てお任せしたいという意思表示も含めて。
医療者と患者さんが対話をしていく、チームになっていくというところに醍醐味があるとのことでしたが、誰だって最初からチームというのではなくて、ある目的を持って出会ってチームになっていく。最初は個と個で存在していた者が、自分を開示したり、相手の話を聴くことで、一緒に互いの世界観を交換しながらタッグを組んで、自分を生かし、相手も生かす世界を築くことが医療の現場だけでなく、どこででも大切な考え方になるのでしょうね。
大 橋
本当にそのとおりです。医療者の側がトレーニングしていくことも大事だけれど、患者さんが自分で取り組める「患者力」を高めるような取り組みを同時に行っていくことも大切だと思います。医者の側がいくら変わろうとしていても、患者さんにとっては医者に自分の意見や考えを言うのはまだまだハードルが高いでしょうから。

部分最適から全体最適へ~専門性とは何か?

大 橋

鮎川詢裕子×大橋健さん

最近、聞いた話に医療者はソロ歌手のように、一生懸命練習を重ね、いろんなところで熱心に学んで得たものを精一杯歌うのだけれど、観客である患者さんがわかってくれないと、「今日の客が悪い」となりがちだ、と。あるいは、自分が売っている商品を過信するセールスマン。「健康」という最高の商品を売ってるんだから、買わない客の方が悪いんだと。自分の売り方に問題があるかもしれないとは思わない。

鮎 川
個としては一生懸命頑張っていても、全体では機能できていないことは、組織の中にもあるかもしれません。ある目的のための仕組みなのに、ある専門部署が熱心に探求するあまりに過度な対応をし、仕組みが停滞してしまうことがあります。専門性を高めることは素晴らしいことです。ただ、その専門性は、現実社会で目的を達成するために発揮されることが本来の生かし方なのに、生かし方を間違えると全体で捉えてみるとかえってボトルネックになってしまう。
大 橋
本当はその個の素晴らしさが患者さんとの関係性の中で発揮されれば素晴らしいですね。僕が素晴らしいと思っているのはNHKののど自慢なんです。僕がハッと思ったのは、とんでもなくマイペースなおばあさんが出てきて、「え、ここから歌い出すの?」というような時にでも、後ろのバンドの人達は、カラオケみたいに勝手に進めてしまうのではなくて、何小節か歌い手に合わせて飛ばして、必死に歌い手であるその人に合わせて、それでも音楽としては滅茶苦茶にならないでバンドの整合性を保って、その人にしか歌えない歌をいっしょに作っていく。おばあさんは、特別賞かなんかをもらっちゃう。患者さんが歌い手で、私たちはこのバンドかなあって思っているんです。
鮎 川
確かにそうですね。時に自分の殻を破り、ここの場が一番活きるためには勇気を持ってやる!といったような…。だけれども、結果的に自分も心地よくて、相手も会場も気持ちがいい、という。
大 橋
きっとあのバンドのピアニストやギタリストたちは、とんでもない予想もつかない人に合わせるということにかけては、きっとカーネギーホールでソロ・コンサートを行うような演奏家よりもすごかったりするのかもしれないって思うんです。そういうことが、関係性を作るというある一つの姿だといえるのではないでしょうか。
鮎 川
目的を完遂するために専門性を発揮することにプロフェッショナリズムがあるということといえるでしょうか。目的に立ち返るには、理念とか、存在意義というものに立ち返ってみることがきっと重要になりますね。
医療においてもその場、例えば慢性疾患や急性疾患では異なる目的や論点があって、目的を達成するために発揮する部分が違っていると考えることもできるのかもしれませんね。
大 橋
その通りです。そういった意味では、手術というのはソロに近いかもしれないですね。医者だから治せるという部分が大きい。それが求められている場になるでしょう。そのスタンスで今度は糖尿病を見ていこうとすると今度はうまくいかない。私たちが専門知識を持っていても、患者さんが「この人の言うことなら聞いてみよう」と思える関係性が大切になってくる。
鮎 川
これまでのお話を伺っていると、医療者だから必要というわけではなく、人と人とが関わる時に共通する考え方のように思いますね。医療者にとっても必要だし、我々関係性の中に生きる人たちにとっても、大切な考え方だと思います。
大 橋
医療現場でのコーチングの話をすると「医療は特殊ですよね」といわれることがありますが、患者さんと医療者の間で起こっていることは、他の現場でも普通にあることですね。
鮎 川
何が特殊なのかということを考えてみると、「自分の現場は特殊だ。だから、他の人にはわからないよ」ということが結構あるのかもしれません。確かに専門性や特徴があるという意味では、どこも特殊と言えるのかもしれません。しかしながら、その専門性や特殊、特徴というものはそのエリアを超えた外との関わりで意味を発揮するということがいえるのではないでしょうか。外の世界とどうつながっているのかを意識しながら、共感力などを養いながら、より高い専門性を外の世界に向かって活用していける。自分が極めたものをその外の世界に合わせて発揮して役に立てていくということが大切なのだということを、医療という場について伺い、改めて考えることができました。
最初は別々に存在しているように感じていても、実は同じ世界の中にいたのだということに気づいていくプロセスのようにも思います。

生き方の多様性に焦点があたり、違いに目が向けられることが多いかもしれませんが、ふと気がついてみるとみんな同じ地面の上に立っている生き物だったりする。

よりよい関係性に気づく「糖尿病劇場」

大 橋

大橋健さん

自分と異なる人と接するからこそ、自分が何者かが見えてくる気がします。一人で過ごす機会が多くなり、社会的に関係性をつくる能力とか、関係性を維持する場が少なくなってきていて、自分が見えなくなっていることがあるように思います。もう一回関係性の力がいろいろな所で見直されるべきですが、我々はそのシーンをなかなか見る機会がありません。ですので、僕らが症例検討会をする時に、「やる気のない糖尿病患者さん」を例に取った時、我々はその患者さんだけを対象にしている。でも、逆に患者さんから見たら「一方的で、人の話を聞かない医者」かもしれない。もし、お互いにレッテルをはりあっているのだとしたら、本当に見直さなくてはいけないのは、二人の「関係」ということになります。

医者と患者さんの関係を見るためには、やはり再現しなければいけない。それを劇の形で行っているのが「糖尿病劇場」です。それを通して、医療者は自分たちの姿を見ることにもなる。やる気のない患者さんがいるのではなく、患者さんがやる気をなくす、あるいはやる気を出せない関係性の存在が問題なのです。

鮎 川
大橋先生が全国各地で仲間の先生と一緒に行っていらっしゃる「糖尿病劇場」は医療者に向けて、医療者と患者さんのやりとりを再現なさっているとのことですがその目的は何ですか?
大 橋
「糖尿病劇場」は現在4名の医師がメインで行っています。そしてスタッフになってくれている方たちが30~40名にもなって、全国各地で行っています。
この「糖尿病劇場」の目的にひとつは、患者さんとの関係性を見直すことです。実際によくある診療のシーンで、僕らがついついやってしまいがちなやりとりを再現して医療者に見てもらう。観客は、舞台の上の医療者の中に何かしら自分と重なる部分を見つけ、自分で気づいていく。そして、お互いはバラバラなのではなくて、良い関係性を築くにはどうしたらいいのだろうと自分で考え出すきっかけになればと思って行っています。「糖尿病劇場」では、こうした方がいいですよ、という答えを直接提供しているのではありません。なかなか見えない自分と患者さんとの関係や、両者が関わることの共通の目的を、観客の方ひとりひとりが自分で見つけてほしいと思っています。
鮎 川
そのことによって、病気だけでなく相手の人生を考え、その周りの家族や社会に対して自分のかかわりがどう影響しているのかということが起きていく可能性があるのかもしれませんね。
私がセミナーを行っている時も、目の前の参加者だけのことを考えているだけではなく、その人が関わる人や社会のこともいつも考えてお伝えするようにしていますが、これは医療に限らず、学校や、会社等でも同じですね。
私たちが誰かと目的を持ってどんなに関わったとしても、多くの場合はその人が生きていくプロセスのほんの一部を共有できるだけで、その他の時間はその人がその人の意思で生きています。セッションや医療の時間は、それ以外の実生活や人生という時間をどうよりよく生きるかというために存在していて、より最適になるための機会になれたら素晴らしいですね。

そして関わる者にとっても大きな学びやギフトが詰まっている時間が過ごせるのかもしれません。双方が影響を受けて可能性を見出していく双発的な時間といったらいいのでしょうか。

大 橋
そうですね。私たちは、患者さんの人生に深く関わる機会を仕事としてもらっているのであって、目の前の血糖値を下げることだけが仕事なのではありません。その人の人生に関わることで、他の人には言わない話を聴かせてもらったり、相手から教えていただくことも多く、学びも大きい。そんな関係を築けた患者さんから「ありがとう」と伝えられることが自分にとっての大きなモチベーションになっています。
鮎 川
その相手だから引き出される感覚や会話、態度といったものがあります。その人とだから、これをやってみたい。その人とだから、このやり方が有効だ。その人とだからこんな可能性を見ていきたい。といったようなことが言える何かというものを見つけて行って、1つの空間を創り出していくチームになっていく。
大 橋
その結果がお互い別々に行ったのとは違う結果になっていくというのが、醍醐味で会社や組織でということもあるし、僕はそれを患者さんとの間で体験してハマってきました。
鮎 川
相手を尊重しながら、自分の出しどころを見つけていくことで、共存しながら自立していく。自分らしさを確立していく。そうすることによって双方がプロフェッショナリズムも高めていくようになれたら、とお話を伺っていて思います。
大 橋
今日お話ししたように人が関わっていくと、ひとり一人がいい意味で自立していきますね。病気と向き合う中で、「病気になったからこそ、自分はいろいろなことにチャレンジするようになった」とおっしゃる方もいます。
鮎 川
他に今後行っていきたいと思っていらっしゃることは?
大 橋
実地に近い形でのトレーニングですね。ロールプレイを行う機会があまりないので、患者さんが言ってきたことについてどういうふうに受け止めたらいいのかに気づいていく場所を作りたいと思っています。驚かれるかもしれませんが、患者さんとどうお話しするかというトレーニングは、学生時代にはほとんど受けることがないんです。
鮎 川
現場の状況に即して想いを聞いていく練習や実験が出来る機会が増えて行ったら素晴らしいですね。これからどんな医療の場が出現していくのか、今後のご活動が楽しみです。
本日はありがとうございました。

鮎川詢裕子×大橋健さん

ダイアローグを終えて

大橋健さんが患者さんと一緒に創り出そうとされている姿勢は、医療の世界だけでなく、私たちにも通じる考え方だと共感しました。話の中に出て来る「のど自慢」のメタファは印象的で、目的をどう認識するかが重要だと気づかせてくれます。ありがとうございました。

大橋 健 さん

大橋健さん

平成4年 東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院、虎の門病院での研修を経て、糖尿病や脂質異常症を専門とする内科医になる。患者さんのためにと熱心に指導に取り組んだつもりが、いつの間にか「説教外来」に。次第に患者さんとのすれ違いを感じて悩んでいたころ、エンパワーメントの考え方とコーチングに出会う。まだまだ悩みはつきないが、「共に創る医療」を目指して奮闘中。生涯学習開発財団認定コーチ。

撮影協力 : エヌ・フォトワークス

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